先日、ひさびさに実家のある東京に里帰りしました。
東京に戻ると必ず立ち寄る場所があります。
荻窪駅から15分ほど歩いたところにある「本屋 title」さんです。
以前は東京駅や渋谷駅にある大型書店を回り、大量に並ぶ新刊の中から本を選ぶのが楽しかったのですが、最近はそれが楽しく感じられなくなっていました。
自己主張の激しい「○○が9割」、「こういうときはこうしなさい、ああしなさい」と言ったハウツー本、ビジネス書籍の数々が店頭を埋め尽くしていて、息苦しくなるのです。
こういった本は賞味期限の短い本です。すこし世界情勢や社会状況が変化すれば途端に役に立たなくなる知識を「いまが旬」と「知らないと損だよ」と上から目線で知識を授けようとする姿勢を感じ取るので疲れるのです。
書籍も市場原理で成り立っているので、需要と供給の関係の中で次々と新たな本が生まれるわけですが、「そんなことまで教えてもらわないとわからないのだろうか?」という本が明らかに増えているなという印象です。(この辺についてはまた別の機会に考えたいです)。
さて、荻窪の「本屋title」さんは新刊書籍を扱う小さな町の本屋さんですが、おしつけがましさのようなものは全くありません。
所狭しと並ぶ本には「いま、読んでほしい!」のような一般的な本屋さんで見られるポップも存在しません。本のカテゴリーも明確に線引きされていません。
長年、本と深く関わってこられた店主さんの本への愛情と訪れるお客さんが自然と「自分に必要な本に自然に出会ってほしい」といった思いが、計算された本の配列から伝わってきます。
店主さんはひっそりと奥にあるカフェとのあいだに座って静かに働き、レジ打ちなどもされますが、「お客さんの邪魔をしない」「本との出会いを邪魔しない」という精神がよく伝わってきます。
・・・なので、ここで私はあらゆるジャンルから選び抜かれた本とじっくり、背表紙から向き合って、時に手に取りながら、「いま、自分に必要な本はこれだ」というものに出会うことできます。
本当はもっと欲しいですけど、いつも5,6冊の単行本を手に店を出ます。
だいたい選ぶのはいつも「いまという時代がどういう時代なのか?」、真剣に著者が向き合っている本であり、「これからどう人は生きていけばいいのか?」という本ですね。
それは文字通り「哲学」の本であることはたまにありますが、そういったことを考えておられる著者のフィールドは実は多岐に渡っていて「料理」でも「旅行」、「植物」や「釣り」に関する本でも「漫画」でも、必ずそういった本があります。
だから本屋さんに既存のカテゴリーで本を分けられてしまったりすると私の場合、途端に「出会うべき本に出会う」確立が下がります。それに声高に「いまこれを読め!」などと言われると絶望的な気分になってきて、何も買わずに本屋をあとにすることも多いです。
・・・なので、tetobaもそういうお店ではあって欲しくないと思っています。
まだまだ理想系には遠いですが、いま自分に必要な何かに自然と出会える場所、そういった場所になれるよう続けています。
ところで、最近、tetobaも新刊書籍を少量ですが置かせていただいています。
by KEI
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