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空海が名付けた明星院 <みょうじょういん>


五島列島は祈りの島としてよく知られており、

多くの方がイメージするのは「教会」でしょう。

しかし、五島は、遣唐使船が旅立つ際に最後の寄港地であり、

空海が2年の修行を終えて都に帰る際に立ち寄った島としても有名です。

そして、福江島にある「明星院」にこもったとされています。


住宅地を抜けると小さな橋があり、

急に田んぼが広がり、奥にぽつんとあるのが明星院。


五島に友人が来た際、必ず連れて来たい場所の一つで、

日常の中に急に現れる非日常というのでしょうか。

「ジブリっぽい」んです。

急に穴に落ちたり、トンネルをくぐったら違う世界が広がっている・・・

そんなイメージ。

このお寺でもっとも有名なのは、本堂にある121枚の天井画。

狩野派の作と言われています。

※本堂の中は撮影禁止の札がありますが、ご住職の許可を得て撮影をしております。


植物の絵が多い中、真ん中には龍。


四角には、歌の神様とされる天女さま、迦陵頻伽が描かれており

ご住職は、「まるで極楽浄土の一部のように表現したのでは」とおっしゃっていました。


806年に空海が中国より帰ってきた際、

虚空蔵菩薩が安置されていることを聞きつけ立ち寄り

こもったと言われている。

もともと20年、中国に留学をする約束だったのを

たった2年で帰国してしまったため、すぐに帰っては朝廷の怒りに触れる可能性があったとのこと。

しかし、空海が、中国で得た書物や知識をどうか生かしたいと明星院の虚空蔵菩薩に祈り続け、100万回祈り終えた後、明けの明星が本堂に差し込み、

「中国で収めた密教が今後の日本の済世利民に役立つ事の仏の証明を頂いた」と喜び

寺の名前を「明星庵」と名付けたとされています。


今の「明星院」と名が変わったのは、今から約700年前で、

寺らしい名前にするために京都から、いらした妙海というお坊さんの助言で

変更したとのこと。

ご住職やご住職のお母様とは何度かお会いしいろんなお話をお聞きしています。

そんな中で五島人の気質なんて話にも。

明星院はとても古いお寺ですがかなりの謎が多く、

お二人にもわからないことが多いそう。

例えば、五島史によると250年前に本堂は火災により消失したとされているけれど、

天井画は狩野永徳の弟子の作品とされ、そうなると350年以上前の絵ということになる。

火災により消失したはずの本堂の天井だけが残るなど非常に考えにくい・・・。

一部資料によると本堂が2つあったという記述もあるらしいが核心となるような書物は残っていない。

住職、お母様それぞれが口々に「新しいものはすぐに受け入れるが、古いものをすぐ捨ててしまう。五島人の新しいもの好きな性格が現れているのでは」

と。

このお話を聞いた時、寛大な心で私のような、よそからきた人間を受け入れてくれる五島の人々の気質そのもののな気がしました。

ただ、古く良いものはぜひとも、残してもらいたい・・・そう感じました(苦笑)

最近、明星院は日本遺産に認定され観光客の方にも大変人気なスポットになってきましたが

お参りの心を忘れずに。

最後に、私の一番大好きな明星院の風景。

門をくぐって振り返ると広がるこの風景がとても好きです。


ジブリっぽい・・・でしょ?

明星院:

開館時間:9:00-17:00(12:00-13:00休)

休館日:お盆(8/13-16),年末年始(12/28-1/8)

    毎月1・28日(臨時休館あり)


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