• te to ba <手と場>

伝えてもらったこと。<桃源紀行 no.3>


桃源紀行10月に放送予定のNHK BS プレミアム 桃源紀行のロケを通じて経験させてもらったこと

改めて知ることができたことを私なりに少しづつまとめています。

まだまだ続く

素敵な経験を忘れないための備忘録。

かんころ餅のはまなすさんにお伺いしたあと向かったのは

富江。

te to baの現場です。

1Fを住人の暮らしと来島者の想いをつなぐカフェとして改修中です。

2Fは私の夢であったウェディング事業の事務所。

2Fから見える景色が大好きで、この事務所で仕事したらきっと幸せに仕事ができるって

思ったのも、この物件に決めた理由の一つ。


2Fからのこのちょっとした波止場と山が見えます。

あと夕日も。

だから涼しい時には、

2Fの窓際に腰掛けて仕事したり。

そんな様子を撮影してもらいました。

特にこの風景の話とかはしませんでしたが、

自然の中に人間の営みが感じられる空間って好きで

なんとも言えない安心感を感じます。

都会は人間の営みしか感じることができず

どこに太陽が落ちていってるのかも知らなかった。

ビルばかりだから太陽の沈む方向なんて気にも留めなかった。

どっちが西かなんてわからなかった。

今は「ああ、西日ってこいういうことか」って感じます。


自然の中でサバイバル生活・・・なんて私にはちょっぴりハードルが高くて

このくらいの自然の中に人間の営みがうまくバランスをとってある感じが

とっても安心します。

夕方になるとよくこの波止場でおじさまが井戸端会議をしていたり。


この時は、さすがに心配になって

「何かあったんですか?」なんて聞いてしまったけれど

「漁に出るか、海と相談中なんよ、姉ちゃん」と言われて

ほっこりしました。

さて・・・

te to baでのソロ撮影は実はそんなに時間もかけず、さくっと終わり、

次に向かったのは

わたしの祖父母の家。

母方の祖父母は、

祖父は私が中学生の頃、祖母は私が五島に移住して1年目に亡くなっています。

でも父方の祖父母は二人ともなんとか元気。

ただ、小さい頃からやはり母と一緒に行動する方が大きかったので

父方の祖父母とはなんとなく疎遠に感じていたのです。

しかし五島に移住し、父の弟である叔父が亡くなった時に

祖母がずっと私の手を握って辛そうにしている姿をみて、

残りわずかかもしれない祖父母のそばにいることのできる今の立場にとても感謝しました。

しかしながら、やはり同じ五島に住んでいても仕事もあり、毎日通うことができているわけではありません。


たまーに訪れた時に私の弟にFace timeをつないで携帯を見せたりしています。

しかし、祖父母は本当に耳が遠く会話も困難のため

なかなかゆっくり話しをする機会というのはありませんでした。

しかし、今回ロケをきっかけに今まで聞くことのできなかったことを聞くことができました。

耳が遠い祖父母には電話で事前にロケに行くよなんて説明できなかったため

アポなしで突撃!!

「あらよね〜〜〜!!!」

とびっくりする祖母。

「んなっ?!」

と動揺する祖父。

全く構わずに撮影するクルー。

シュールでした。

けれどすごく自然な気持ちで祖父母とお話ができました。

このブログではずっと五島の良いところなどを話していましたが今回は割と私情ですね。

これ以降も私情は続きます。

私の父は長男であり、祖父母にとって、やはり帰ってきて欲しい存在。

現在祖父母のケアは父の妹の叔母が一人でしてくれています。

祖母は叔母だけに負担がかかるのが辛い様子。

この話を聞いて、私ももう少し頼れる存在にならなければと感じました。

話を続けているうちに、

父が勉強熱心で、ずっと勉強していたこと。

高校受験で長崎に出た話。

大学に行きたいと懇願したけれど

食べるので精一杯だった祖父母にとって長男を大学まで出すことができなかった話などを聞きました。

特に最後の話は、祖母がとても悲しそうに話しています。

私と祖母の会話は祖父には聞こえません。

私の声は、祖父にとって、とても聞き取りづらいようです。

それでもこの話については祖父も同じことを話していました。

それだけ父に大学を出してあげれなかったことが後悔したようです。

そしてちょっと話題を変えて

二人が結婚した時のこと。

祖母・・・

ええぃ、どうせ私情を書いているのです。

もう普段の呼び方で書きましょう。

ばぁちゃんが語るのは

じぃちゃんのことはもちろん知っていたとのこと。

じぃちゃんは、

ばぁちゃんが若かったころはそれはもう「みじょかった」と。※かわいかった

ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れたそうで。

じぃちゃん曰く

「ばぁちゃんに、結婚してくれなきゃ死ぬって言われて、結婚するしかなかった」

と。

ばぁちゃんもまんざらでもない表情。

まさかじぃちゃん、ばぁちゃんの世代で恋愛結婚だったとは。

結婚した後、じぃちゃんは外に出稼ぎに行くことも多く

ばぁちゃんは一人で家を守っていたみたいです。

そんなばぁちゃんが結婚した私に

「仲良くなぁ。旦那さんを大切に。」と心を込めて言うのです。

辛いことも我慢したこともたくさんあったと思うのですが

それでもずっとじぃちゃんの隣に似るのはばぁちゃん。

ずっと薬が嫌いで病院にもいかなかったばぁちゃんが

じぃちゃんの面倒を見ることができなくなるのを恐れて

病院に行き、薬を飲んで少しでもよくなろうとしている。

心に突き刺さる言葉でした。

最後にディレクターさんに促されて聞いたのが

父が帰ってこないことについてどう思うか。

そして五島から離れなかったこと。

五島がどうして好きかなど。

祖母は、難しい質問・・・という表情をしながらも

「(父には)帰ってきて欲しいけど、美智子(叔母)もおるし

まりもいるし

幸せ。

五島はいいところ。

もしまりのお父さんがおいでって言ってくれても

嬉しいけど

都会では住めない。

五島におるよ。」

って。

メモをとっていたわけでもないので、正確な表現ではないですが

心に残った言葉たちです。

少なくとも私が五島にいること

ばぁちゃんにとって、少しでも意味があるんだと

口に出して伝えてもらえて

心の底から嬉しかった。

ロケ中にもかかわらず、思わず涙が出てきてしまい

ディレクターさんにばれないように拭っていました。

けれど、カメラマンさんにはめっちゃバレていたようで。

(ちなみに後に、ディレクターさんにもバレていたことがわかり、

この人たちはもうごまかせないと覚悟を決めたのでした・・・。)

正直こういった話は

ロケがなければ面と向かってできなかったと思います。

ばぁちゃんは私と話をするときに

いっつも手を握ってくれていて

それだけで幸せになるんです。 それも後何年続くかわかりません。

少しでも一緒にいる時間、作らなければと強く感じました。

じぃちゃんも五島がいいところだって

一生懸命語ってくれてありがとう。

最後、撮影クルーのみなさんに

「まりをよろしくお願いします」って言ってたばぁちゃん。

五島を離れたことがないばぁちゃんが

テレビに映る都会に憧れるのではなく「こんなところには住めない」と思っていたという。

私は東京も埼玉も嫌いになったわけでは決してないけれど、

やっぱり五島に住んでみて都会では気づかなかった

自然の美しさに気づいたり

人のあたたかさに気づいたり。

ばぁちゃんはそれを言葉に出さなくとも肌で感じているんだと思います。

そんなことに気づかせてくれた五島は私にとってやっぱり特別な場所のようです。

・・・

この日は初日にして、テレビカメラを前に泣いてしまった罪悪感をちょっぴり抱えながら

岐宿などの風景を撮影しに行きました。

岐宿の楠原教会


煉瓦造りの教会で、堂崎教会の次に古い教会。ヤシの木がなんかかわいい。

このヤシの木も作られた頃は小さかった様子が、観光案内掲示板でわかります。

レンガは当時の信者さんが運んで作ったそう。

岐宿町 <城岳展望台>


漁ヶ津崎公園なども見えます。田んぼと海と山ってなんか落ち着く。


個人的にこのモザイクガラスみたいなカラーのガラスと、この双眼鏡がレトロで好き。

岐宿 <水ノ浦教会>


木造建築の教会としては日本最古の教会。


なんだかお城みたいに可愛い教会です。

この後に奥浦に移動。

いつもわたしのことを娘のように可愛がってくれるご夫婦の元へ。

世間知らずの私の勘違いで結局この日はご夫婦の元で撮影はできませんでしたが

大好きなご夫婦に会えたので・・・良しとします・・・!

撮影初日は

ブログが2度にわかれてしまうぐらい濃い日でした。

しかしこれよりも濃い日はさらにずっと続くことをこの時の自分は

全く思ってもみませんでした。

翌日は3時半起きというプレッシャーに襲われながらどうにか眠りについた初日です。

今日は少し私情ばかりになりましたが、また次のブログでロケ2日目のキラキラした五島をご紹介できればと思います。

・・・

#桃源紀行 #メディア

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