• te to ba <手と場>

地域おこし協力隊を卒業しました。


3年前の月1日に長崎県五島列島、

五島市の地域おこし協力隊に着任して早3年。

3月31日付けで任期満了につき卒業しました。

31日が土曜日だったので、30日の金曜日が最終出勤日でしたが

色々な方にご挨拶させていただきながらも、

この地に残ることを決めているため

「移動」くらいにしか思えませんでした。

たくさんのお世話になった職員さんや地元の方々など、

とてもご挨拶しきれませんでしたが、

引き続き五島にいるのでゆっくりお話しに行こうと思います。

面接の時に、志望動機を聞かれ

五島の資源を最大限に利用したウェディングを行いたいからと

述べました。

祖父母がおり、五島に無数の資源があることを知っていたからです。

4月1日に着任してからその週のうちに

いきなり五島市への修学旅行を斡旋する営業に行きました。

かろうじて「孫ターン」ということもあり五島のことを少しは知っていたので

良かったものの、ただただついていくだけになってしまったことを記憶しています。

それから公務員としての仕事に大きく戸惑いました。

私がやりたいと思っていた仕事は最初はほとんどできず、

補助金の処理や、長崎県との補助金の処理、ツアーのコーディネート

修学旅行の帯同、荷物運搬などにひたすら追われる日々でした。

五島市が進めている民泊を新規でしたい方のご自宅を訪問し

簡易宿所の申請手続きを行うことが徐々にメインのお仕事になってきました。

そんな中で、このお仕事を通してたくさんの方に出会います。

しかもご自宅までお伺いし、書類を作るために長く滞在するため

家主の方とたくさんお話をすることができます。

そこで気づいたのが、五島へ外から人が来ることを目的にするのではなく

自分たち自身も楽しみたいという気持ちがあること。

私はそれまで五島で結婚式を挙げる人が増えたらいいなぁ・・・と

外のことにばかり目を向けていましたが、

いろんな方のお話を聞きながらまずは島の人が楽しめることが大切だと感じました。

今思えば当たり前ですが。

そこで、思いついたのが五島で、デザフェスのような手作り作家さんたちを集めたイベントをやろうということ。

民泊の調査で各家庭をまわると、ご自宅に手作りの雛人形やバッグ、

お洋服など様々なものを飾られている人がたくさんいました。

「可愛いですね!」と率直な感想を述べると

「持っていっていいよ。」とくださる方の多さにびっくり。

都会ではそこそこ良いお値段がつきそうなものばかりです。

そんな手作りをされる方々に自分の作品を人に見てもらったり

お金を少しでも稼ぐことができるイベントをと、

「ハンドメイドマーケット in GOTO ~五島てづくり市~」を開催しました。

初めて行う時はもう、本当にドキドキでした。

初めて自分で企画したイベントで予算を使うことになります。

予算を使って、人が来なかったらどうする?と聞かれました。

でも絶対に人は来るという妙な自信もありました。

出展者さんはチラシなどを配るだけでなく人づてに集めて

20名ほど集まりました。

前日にテーブルや椅子を並べるのも出展者さんの中から手伝ってくださる方がおり

どうにか準備も終え、当日を迎えました。




不安はオープンした瞬間に払拭されました。

たくさんのお客様がオープンと同時にたくさん入ってきてくださり、会場は狭いくらいでした。

初回の2日間の合計売上金額は、150万円でした。

100万円を目標にしていましたが大きく超え、本当に嬉しかったです。

このハンドメイドマーケット開催にかかる費用は、

・場所代

・広告宣伝費(パンフレット、ポスター代)

・郵送費

・のぼりや横断幕等

です。

パンフレットやポスター、のぼりのデザインは

私が勤務時間中に作成することができたので

印刷代だけかかる形でした。

地域おこし協力隊には国から活動費としての補助金がおりており、

いろいろな制限があるにせよ、地域おこしに関わるものであれば使用することができます。

各自治体によって活動費の扱いはバラバラですが、五島市の場合は

一度五島市の予算に入っていくため

他の自治体と比べると活動費の扱いの取り決めが厳しいと感じています。

(あくまで個人的主観ですが)

このハンドメイドマーケットを開催するにあたっても毎回予算には苦労しました。

ですが、色々な方から協力していただき、

このイベントもどうにか5回も行うことができきました。






みなさん最初は、机にものを並べるだけだったのが自分で棚を作ったり、

ディスプレイをどんどんかっこよくされていきます。

たった5回ですが、出展者のみなさんの作品自体のクオリティアップもどんどんされていったように感じます。

5回全部出てくださる出展者さんもいらっしゃり

ここで出会った方々は、ハンドメイドマーケット以外でもお世話になっています。

会場を大きな会場に移動してからは、

3000人以上の来場者と売上は250万円〜350万円の売上と、経済的効果も上がっていると

思えるようになりました。

しかし、協力隊の卒業とともに

このイベントもいったん終了しなくてはいけなくなってしまいました。

協力隊の活動費から、会場費などを捻出していましたし、

今まで協力隊の仕事としてやっていたデザインや、全体の取りまとめなど、

当日の運営はボランティアで行っていましたが、

前日までの準備は協力隊として行っていました。

そのため卒業した後に持続困難に陥ってしまいました。

たくさんの人から続けて欲しいと言われています。

私も続けたいと思っています。

しかし、すでにボランティアで行うには負担が大きすぎるイベントと成長していました。

もし自主財源で同規模のハンドメイドマーケットを継続となるとボランティアどころか、赤字が生まれてしまいます。

ただ、たくさんの方に出会うきっかけとなったこのイベントを

最後にはしたくないと強く思っています。

少し規模を小さくしながら、改めて開催できればと思います。

協力隊として行っていた活動でもう一つ、印象深いのが

商店街を歩行者天国にさせてもらって開催した「ごとこれ」

毎年2月に「椿まつり」というものが開催されています。

そのイベントのフィナーレに「人を呼ぶイベント」の開催をしてほしいと依頼があり

急遽2ヶ月前から準備に入ったイベントです。

人を呼ぶイベント・・・つまり参加者も楽しめるイベントをと思い

たくさんの方々が関わりあうファッションショーをメインとしたイベント企画をしました。

正直2ヶ月あまりで、衣装集めから、人材集めまで、間に合うかどうか・・・不安はありました。

しかし、

ヘアメイクには地元の美容組合の方々の協賛

衣装は地元の方々が手作りしてきた大切なお洋服をお貸出しいただき、

モデルは、地元の高校生をはじめ、ALTの子たちや、身長の高いすらっとしたひとを

自薦他薦問わず募集して集め、夜にウォーキングの練習などもしました。

フィッターは市役所の職員さんや、私の個人的な友達たち。

Q出しにはハンドメイドマーケットで実行委員に入ってくれている地元の子など・・・

記録用のカメラマンには別地区の協力隊仲間を呼び出し・・・

とにかくたくさんの方に協力してもらいました。








それでもファッションショーだけでは1日の時間は持ちません。

そこで、地元のキッズダンスチームのショーや、

念仏踊り(チャンココやオネオンデなど)を一同に集めたショーなども開催しました。





他にも舞台を作ってくれた人や、音響に協力してくれたDJさん

本当に数え切れないぐらいの方々に協力していただき、当日も大盛況で終えることができました。





今までファッションショーなどのイベントは大学生の頃からなんども開催してきました。

ですが今回は、周りにファッションショーを経験した人がいませんでした。

それでも最後までやり遂げることができ、終わった後にモデルの子達が無理やり私をランウェイにあげてくれたことは、忘れることができない思い出です。

裏方ですので表に立つわけにいかないと思ったのですが終わった後

衣装の提供をしてくれた地元のお母さんたちに「あなたが頑張ったんだからちゃんと前に出なきゃ!」と言われたことも本当に嬉しかったです。


イベントを終わらせて、振り返ったときに心の底からやってよかったと思う初めてのイベントでした。

翌日には新聞の1面にも取り上げていただき本当に本当に、2ヶ月間の怒涛のような日々が一気に報われました。


ただ、「ごとこれ」にしろ、ハンドメイドマーケットにしろ

持続可能なイベントではありませんでした。

どんなイベントにしろ地元の方と一緒になって行い

自分はあくまでお手伝いに回ることで

協力隊の活動費等に依存しない、持続可能なイベントになっていくと思います。

しかし、やっているときは必死でそこまで頭が回らず

ごとこれに関しては依頼から、実行まで2ヶ月ほぼ毎日徹夜が続きました。

結果的にもう少し時間をかければもっといろいろできるという自信にも繋がりましたが、

持続可能なイベントについては、もっともっと考えていかなければならないなぁと今後の課題にしています。

さて、協力隊時代の思い出話ばかりツラツラ書いていますが、

まだ続きます。。。

協力隊として勤務している間は市役所からお給料をいただいています。

しかし、3年の任期終了後には自立していかなければなりません。

1年目の夏頃まで、ずっと修学旅行の受け入れなどでドタバタと過ごしており

このままだと定住が難しいのではと感じていました。

担当者にもなんども訴えましたが「仕事は仕事」ということで

業務内容が変わることはありませんでした。

短時間勤務職員ではありましたが休日も、時間外業務もたくさん発生します。

東京で勤めていた頃は当たり前でしたが、

ここでは3年間の任期付きで働いており、どれだけ働いても残業代が出るわけでもなく

(代休取得という対応になります)昇進もしません。

もちろん地域のためだと言われればその通りですが、

自分自身の生活ができる見通しが立てられなければ協力隊を卒業後、島を離れるしかありません。

当初市役所としては定住を目的としておらず、島を離れても良いという考えだったようですが

3年の任期終了後に島を離れるのであれば、前職を辞めてまで来島する意味はありません。

バケーションとして協力隊になったわけでは、なかったので。

そんなことを思いながら、自分が3年後どのように生計を立てるか、ずっと考えていました。

1年目の冬には、ハンドメイドマーケットの開催も決まり少しづつ

自分の得意分野を生かした仕事もできる頃になっていましたが

依然として任期終了後の不安は払拭されませんでした。

そんな時、1軒の空き家と長崎大学の学生たちに出会いました。

空き家は、五島列島福江島の小さな港町、富江町にある遠い親戚の家。



長崎大学の学生たちとは島の未来を考えるワークショップで出会いました。

このワークショップで、「場を作るところことから交流が生まれる」という意味を込めて

生まれたのが「te to ba<手と場>」プロジェクトでした。


そこから一気にいろいろと動き出します。

te to ba<手と場>プロジェクトとして、

空き家を使って私自身が任期終了後にも生きていける仕組み作りと

地域の方々のニーズを合わせるための調査から始めました。

そして長崎大学の経済学部の3年生たちによるフィールドワークによって

空き家は、カフェになることに決まり資金調達へと移ります。

協力隊としては2年目を迎え、相変わらず修学旅行や

民泊の調査などは行いつつ

休日や、時間外の時間帯にte to baとしての活動が本格化していきました。

資金調達のためのクラウドファンディングを開始するため

協賛企業様をまわったり、

ただ資金を集めるのは難しいと判断し、

富江のPR動画の撮影などを始めました。

携帯を持って、富江の方々に踊っていただく・・・というだけのPR動画ですが、

結果としてその動画を見た地元出身の方々からたくさんご支援をいただきました。

撮影でいろいろな場所へ訪問するため富江の人たちに

私自身のことを覚えていただくきっかけにもなりました。


また、その動画の最後には、長崎大学の学生さん100名と、富江の方々によるフラッシュモブを行った映像も入れました。

フラッシュモブは、富江で毎年行われる「富江祭り」で、行わせてもらいました。

事前に関係者の方々にプレゼンさせていただき

快諾していただき何度か練習会も開催し、当日を迎えました。

フラッシュモブというのもたくさんの人が関わっていきます。

地元中学生や、お祭りを取り仕切っている方々・・・いろんな方が踊ってくれました。

そして、当日、突然踊りだすたくさんの人々に

お祭りにきていた人たちは、何が起こった?と言わんばかりに携帯を出し、撮影してくれている人、一緒に手を叩いてくれる人、見よう見まねで踊ってみてくれる子・・・いろいろな方に

楽しんでいただきました。

これは完全にプライベートで行ったことでしたが、

NHKさんにも紹介していただいたりと

少しだけ富江のPRにもなったかな・・・と思います。

そしてこの動画たちを編集し、8月の末には動画のリリースと同時に

クラウドファンディングを開始し、どうにか目標金額も達成することができました。

そこから長いこと、工事に時間をかけ、ようやく完成したのが今のte to ba<手と場>になります。


<レセプションパーティーの様子です>



協力隊を卒業した今、

私はこのte to ba<手と場>をベースに、今後はブライダル事業などのイベント企画やデザイン業務など自分にできることを行っていく予定です。




te to ba<手と場>はカフェ&ショップとして

ランチのご提供や、地元の良いものを集めたセレクトショップとして運営しています。


私にとってたくさんの人に出会うことができる場です。

その場を通してまた別のお仕事につなげていくことができるので

本当にカフェをオープンしてよかったと思っています。

今はカフェをお休みしていますが来週13日からまた改めてオープンします。

今後は従業員も増やしながら今までできなかったことにさらに挑戦していきたいと思っています。

すごくすごくブログが長くなりましたが、

本当に3年間協力隊をすることができ

いろいろ勉強できました。

先日全国サミットでブース出展した際、

これから協力隊になりたいなーって人や協力隊になったばかりの方などに

どんな感じで3年間を過ごしていたかなど相談を受けました。

5月には長崎県内の協力隊に向けた初任者研修で少しお話しさせていただくこともあり、

3年間の活動をざっとまとめました。


全国に4000人くらいいる協力隊。

いろいろと賛否もあり批判されることも多いのですが

制度自体はとても良い制度では?と終えてみても思います。

まだまだ制度が成熟していないため協力隊も自治体も、受け入れる地域もそれぞれが

お互いを誤解していたり、うまく制度を活用できておらず

トラブルも相次いでいるかと思います。

私自身、市役所のお仕事に着任当初はギャップを感じたこともありました。

でも最終的には本当にいろいろな面で協力していただき

今後もお世話になっていくことになります。特に協力隊担当者の協力がなければ

五島に住み続けることは難しかったかもしれません。

職員さんもみんな人間。お仕事上で衝突というか意見が食い違うことはもちろんありましたが

みなさんそれぞれあたたかい人たちです。

これから私は、一市民として、この五島列島福江島、富江町を起点に頑張っていこうと思っています。

五島のみなさんも

全国にいる友人のみんなも

まだ五島にきたことのない人もぜひぜひ

五島に、そしてte to ba<手と場>までお越しくださいませ**

大変長くなりましたが、これからも

te to ba<手と場> director の Marie Murano Poとして

どうぞよろしくお願いいたします!


Marie Murano Po

Marie Murano Po


​©te to ba <手と場> 2018